http://plaza.rakuten.co.jp/hunkorogashi/1961年、イギリス領ナイジェリアの帰属をめぐり国民投票が実施され、南部ナイジャリアはカメルーンへ。
北部ナイジャリアはそのままナイジャリアへの帰属が決まった。
1994年、隣国ナイジェリア国軍が石油の豊富な国境近く南部バカシ半島に侵攻し、両国の間に領土紛争が勃発。
政府はハーグ国際司法裁判所に訴え、両国は交渉に入るもナイジャリアによる継続的な攻撃は止んでいない。
そのナイジェリアであるが、今回の旅も一騒動であった。
―――「でも、今回の旅行前な、ケニアの爆破事件とかあったやん?」
「ああ、あれには笑わしてもらった。
もちろん、事件のことじゃないよ。実は前から『ここへ行きたい』と思った国や地域が必ずいうてええほど「政情不安定」になるんや。91年はトルコ、思うたら湾岸戦争、それでペルー行くことにしたら内戦や。92年のモロッコは西サハラと戦争、アルジェリアと交戦。
93年の嫁ハンとの新婚旅行は出発当日、日本人が強盗に殺されて渡航延期勧告や。なかなか行けんかったイエメンも内戦に。スーダン行きたい思うたら内戦やらテロやら。ザイールも内戦でアカン。今回のケニアも間一髪やろ?ワシ・・・・・・・嵐を呼ぶ男やん・・・・・・・」『 ケニアの旅― ONCE IN A LIFETIME まるくんの旅は青空―より 』
しかも今回は中央アフリカ、コンゴ民主共和国において、出国直前にこんなニュースが飛び込んできた。
【2001年1月18日。コンゴ大統領カビラ暗殺?アフリカ大戦、再び混迷へ――――。】
ああ・・・・・・・・返す返す、嵐を呼ぶ男やん(涙)。
ジュリアンが飛ばすバスは、ゴム林やバナナ林と緑豊かな森林地帯をしだいに高度を上げながらひた走り、やがて日没になった。
そして、真っ暗闇のなかバスはある一定期間走行すると必ず停車する。
軍の検問があるのだ。ナイジェリアとの国境近くを北上しているのだから、自然と緊張してしまう。
ガソリンスタンドで給油とトイレ休憩をはさみ、太古のままのような漆黒の森の中を走りながら、アタシは日本では観れもしないビデオに上機嫌でうたた寝をはじめたようだ。
リンガラがあれば、いつだって生きてゆける、旅してゆける――――。